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ベニスに死す

充電の減りが異常に早く、原因を調べるためdocomoショップに引き取られていた二つ折り携帯。

先日、ドコモのお姉さんから連絡が来ました。

「携帯にはどこにも不備が見つかりませんでした。」とのことでした。

えー、ということは、この携帯が壊れるまで、あと何年もこの消耗の激しい携帯と付き合っていかなければならないのか…

ルックスはそれなりに気に入っていますが、この反応の鈍さは到底、好きになれません。

かといって、粗末に扱うつもりはないです。
基本的に物を大切にするタイプです。

それにしても新機種のくせに、なぜ何年も前に購入した携帯に機能が劣るのか。

まだ代替機の方が充電が持つ気がします。

ハァ。
ためいきが出ます。

現在、二つ折り携帯を使っている人はかなり少数派だと思いますが、あえて二つ折りにこだわりつづけている私のような人間も若干名いるのではないかと思います。

そういう人たちに聞きたいのですが、一瞬でもスマホに変えようかと思ったことはありますか?

私は今回、だいぶ思いました。

でもスマホはすぐに充電が切れるらしいので、充電器をつねに持ち歩くのもウザい。

どっちがいいのか思案中です。

なぜか世の中では二つ折りを所持していると、プロレタリア階級なイメージがあるようです。

そんなことはない!

本来の電話の姿に不満がなく、よけいな機能がいらないだけです。

docomoショップは来店の予約ができないので、いきなり店に行くしか手段がなく、またこの前みたいに三時間待たされるのかと思うと、引き取りに行くのが憂うつです。

最寄り駅にdocomoがないため、わざわざ出向いて行くのも面倒くさい。

あー、こんなことなら携帯が壊れたときにスマホにしとくんだった…



Morte a Venezia     1971年     ルキノ・ヴィスコンティ




上記のどうでもいい携帯話とは全く何の関連のない重厚な映画です。

ヴィスコンティのドイツ三部作の第二弾。

先日の記事で書いた妖しげな雰囲気を漂わせる俳優ダーク・ボガードとシルヴァーナ・マンガーノが出ています。

トーマス・マン作の同名小説の映画化です。



主人公は作品作りに煮詰まった老作曲家、アッシェンバッハ。

彼は究極の美を追求するが、それを形にすることができない。

そんな彼が静養先であるベニスに向かう船の中で見つけたタジオという少年。

タジオは追い求めていた理想の美そのものだった。

それ以来、アッシェンバッハはタジオの姿を見つけては遠くから彼を追っていた。

タジオに声をかけることはできず、ただ彼を見つめることしかできない。

タジオはそんなアッシェンバッハからの特別な視線に気づきながらも、意に介さない様子で家族との休暇を楽しんでいる。

少年でありながら、その視線ひとつでアッシェンバッハを弄んでいるかのようだった。

その頃ベニスでは疫病が流行り、街中では消毒剤が撒かれていた。

アッシェンバッハは自らも疫病に感染した。

それでも彼はタジオに魅了され、ベニスを離れることはできなかった。

白粉を塗り白髪を染め、若作りしたアッシェンバッハは海辺で戯れるタジオを遠くから見ながら静かに息を引き取るのだった。


若く美しいタジオとは正反対に、年老いたアッシェンバッハの滑稽な若作り。

アッシェンバッハのモデルであるグスタフ・マーラーの曲が美しいベニスを舞台に、優雅に格調高く、時に寂しさを感じさせます。

60年代から退廃的で格調高い作品を発表し続けるヴィスコンティが、その感覚を遺憾なく発揮した屈指の名作です。

タジオが一瞬、アッシェンバッハに触れる場面がとても印象的です。

アッシェンバッハを演じるダーク・ボガード、私の好きな映画にしょっちゅう登場する妖しげな存在感を持つ稀有な俳優ですが、実はそれほど彼自体を好きというわけではありません。

たまたま好きな映画に出ているというか、ダーク・ボガードが演じている役柄が好きというか。

シルヴァーナ・マンガーノは今回は裕福で美しいタジオの母親という役柄です。

彼女は上品な役柄もいかがわしい役柄も、映画によって自由自在にイメージを変えています。

そして、究極の美、タジオを演じたビョルン・アンドレセン。

ヴィスコンティはタジオ役をヨーロッパ中で探し、彼に決めたそうです。

この作品で一躍、注目を浴びた彼ですが、あまり映画出演には興味がなかったのか、それ以降は映画に出演することなく音楽活動をしていたそうです。

これに出演していた当時、15歳ですか…

少年でありながら、人を射抜くような鋭い目つきの中になんともいえない色気を感じさせます。

さすが、ヴィスコンティのチョイスした少年です。

ヴィスコンティは百花繚乱のイタリア映画界においても本当に独自の世界を確立している監督です。

イタリア映画黄金期の60年代においても、その存在感は頭一つ飛び抜けています。

遺作の「イノセント」まで、その姿勢は一貫しています。

イタリア映画界といえば、戦後しばらくは全ての映画監督が戦争による貧困を描いたネオレアリズモという同じような作風の映画を作っていますが、50年代半ばあたりから各々が徐々にその個性を発揮し始めました。

ヴィスコンティ、デ・シーカ、ロッセリーニ、
パゾリーニもあてはまるか?

いや、パゾリーニは別枠のような……

コメディが得意なデ・シーカも大好きですが、豪華絢爛な世界を撮り続けるヴィスコンティの作品には他の監督にはない独特の魅力があります。

この作品はそんなヴィスコンティの美意識が集約された素晴らしい映画です。

ドイツ三部作の中で「地獄に堕ちた勇者ども」と「ルートヴィヒ」に挟まれた本作。

ドイツとはいうものの、主人公のアッシェンバッハ以外は、ほぼイタリアといった感じです。

ドイツという国には不思議な親近感を覚えますが、こちらはドイツとはまた異なるイタリアという国の美しさを再認識させられる映画です。
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なかなか映画の話が合う人がいないので、
ここに、好き勝手いろいろ書いていこうと思います。
いいと思った映画しか載せないので、
ここに書いているのは、全部お薦めです!
たまに映画から脱線していますが、気になった映画は是非見てください(^▽^)

※あくまで個人的に映画の感想を書いて楽しんでおりますので、匿名での中傷的なコメントはご遠慮下さい。

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